哲学者かく笑えり

哲学者かく笑えり
2001/講談社文庫 土屋賢二




この本を読んでいて,“笑う”というか“可笑しさ”というものには前提条件があるということをあらためて感じました.
その前提条件は,たいていの場合マジョリティーが共有する意識,いわゆる“常識”がベースになっている.

ある物事を捉えるとき“ふつう”こう考える・・・とか.
ある出来事に対して,“ふつう”こう行動する・・・とか.

私たち中にある無意識の“ふつう”,それは多忙な日常の中で常に変化し続ける目の前の出来事を考え混まずに済むように,いつしか思考を停止しパターン化させてしまった意識,考え,行動.

この哲学者は,“笑う”という言葉の向こう側に無数に転がっているそういう日常的な思考停止を巧みについているんだろうなっと感じました.

私がとくに気に入ったのは,第八章・成熟の苦しみ における子どもという存在の捉え方.子どものことを語っていながら,その対象としての大人をうまく皮肉っていて面白かった.
そういう意味での“面白み”は,本書の各所にありますが・・・いかんせん,この人の“笑い”はとかくくどい.また,ある程度読むとそのパターンが見えてしまうので,後半になるほどちょっと飽きてしまいますね.


笑えるかどうかはわかりませんが,面白みのある本だとは思いました.






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