私の男

私の男
2007/文藝春秋 桜庭一樹



不完全な人間というものを,その不完全さをものともせず理解するのは案外難しい.多くは自分の不完全さを棚に上げ,社会的に完全な人間像を他人に,そして自らに作り上げようとする.そして,作り上げようとする像の難しさを本心で感じているからこそ,不完全さを易々と受け入れている人を嫌悪する.それが身近な人であればあるほど,その嫌悪はいっそう増す.

そんな理不尽な人間の心を知って,というよりも,生い立ちの中で否応なく理解させられてしまった花と淳悟は,娘と父という関係をもものともせずに,惹かれあい,受け入れあっていく.とても深く,深く.それはまさしく愛.ときに親子としてのそれとして,恋人としてのそれとして,形を微妙に変えつつも,根底にある愛は深く深く結びついている.

表だっては見えにくい,二人の深い絆に気づいてしまう人々がいる.
嫌悪をもって気づく人,自分にない何かを感じ取ってしまう人々.それは自分にはできなかった,あきらめてしまった人間のあり方をそこに見るからではないでしょうか.

私にとって,とても印象的だったのは,花の婚約者・美郎のくだり.
「腐野さんはなぜだか,哀れむように目をほそめて僕を見上げていたのだった.
 盗みをみつかった瞬間のような羞恥がからだを駆けぬけた.
 この人,どうしてそんな目で僕を見るんだ.
 僕が幸福ではないことを,とつぜん,なんのヒントもないのに見抜かれたような気がした.」

到底たどりつけないけれども,人を受け入れると言うことの片鱗に触れることのできる小説だと思います.


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