絶望の国の幸福な若者たち

豊かな時代に生まれながら、好景気を体験したこともなく、しかも3.11:東日本大震災後の社会に生きる「若者たち」とよばれる人々が、これまでどのように「取り扱われ」てきたのかを,「若者」語りが好きな大人達の目線とは、ちょっと違う目線で「若者」語りを展開している本です。

とくに、これまでの若者論を振り返る1章はなかなか痛快。
現代で言う若者とは「年齢以外、その多様性は問題とされない均質な集団」。
その若者バッシングの基本的なパターンは2つ。1つ目は自分や自分たちの時代と比べて、今の若者はダメだというパターン。2つ目は若者が羨ましくて、今の若者はダメだというパターン。

若者をバッシングする人々は、「自分が年をとって世の中に追いつけなくなっただけなのに、それを世代の変化や時代の変化と勘違いしてしま」っている自己肯定と自分探しをしている中高齢者で,彼らの語る若者語りの多くは、「自分が若かった頃のこと、自分の常識と比べて、「最近の若い子ってテレビみないんだってね」と、どこかで聞きかじったようなことを言えばいいんだから。」簡単だと,切って捨てる。

2章以降では、現代の日本社会と若者(とその周辺)の関係をいろいろに論じています。
印象的だったのは、いま「日本中の人々が急速に「若者」化している。「一億総若者化時代」を僕らは生きている」という主張でした。

若者ばかりの日本では、「日本という国の未来を絶望的に語る」のが大流行でありながら、
「多くの若者にとって、「未来の問題」である経済的な貧困と違って、承認に関わる問題は比較的「わかりやすい」形で姿を現し、未来の「貧しさ」よりも、今現在の「寂しさ」のほうが多くの人にとっては切実な問題となっている。」
日本におけるツイッターやソーシャルメディアは、決して社会的な運動に繋がることはなく、フォロワーされてたくさんリツイートされることに終始する.そういう現実もこの文脈だと頷ける。

若者のことを語った本だと思ったら、実は日本社会を覆う雰囲気を憂う本だった。
そんな印象が残る興味深い本でした。



絶望の国の幸福な若者たち
講談社
古市 憲寿


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